2009年07月21日
2009.7.21

雨の音しか聞こえない。
幼少の頃、高熱を出した。
その熱がおそらく一週間ほど続き、
夏だったのか…、季節はまるで覚えていないが、
わたしは、蚊帳の中で眠っていた。
緑のチリチリした網目と、その先の天井の木目が、
わたしの世界の全てだった。
しばらくすると、その蚊帳の中に訪問者が増えた。
みんな優しい顔をしていた。
優しい顔は悲しい顔によく似ていた。
そして、蚊帳越しに静かな声で、
もう、助からないかもしれない、
助かっても知能障害になるだろう、
とか聞こえていた。
わたしは、繰り返し夢を見た。
草原を駆ける夢ー
草原の先にゆるやかに蛇行した、
水嵩の増した川が流れている。
覗いてみるが、
流れが速く、生物の気配をまるで感じない。
それでわたしは、また草原を駆けた。
草原はどこまでも続き、どこまで走っても一人だった。
日は沈まず、いつまでも黄昏だった。
夜だったのだろうか…
夢の合間に、
そうっと、祖母がやってきて、
わたしの横に並んで眠った。
祖母は、ぽつぽつ、
大丈夫、と念じ、
魂が離れても、戻っておいで、と、繰り返した。
祖母がそばにいると安心した。
雨の音は嬉しかった。
静かなのは苦手だった。
静かなのは、いろんなものが聞こえ過ぎた。
そうして、幾日も眠り、
わたしは目覚めたのだろう。
目覚めると、蚊帳の中の記憶が、
夢のように思われた。
祖母に、蚊帳の中の話をした。
祖母は淡々と、
わたしの魂が、
あまり遠くに飛んでいかないように、
蚊帳を吊ったのだ、と教えてくれた。
そういうこともあるかもしれない。
幼いながら、そのように感じた。
昨夜から強い雨が降っている。
雨の音と
蚊帳の色と
祖母が
名前を呼ぶ声が聴こえる。

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